ユビキタス

消費者が現実と仮想の体験を通じてよりインタラクティブでクリエイティブになるにつれ、さまざまなスポーツ団体のマーケティングとIT部門でユビキタス(場所や時間にとらわれないユーザー)がますます重要視されている。

テレビでのスポーツ観戦は、1960年代からあまり大きく変わっていない。いうならば、スポーツはテレビから一方的に生中継されるものだ。テレビをつけ、試合を放送しているチャンネルを合わせ、つまみを用意し、画面を眺めるという決まり切った流れが普遍的である。

しかし、デジタルの世界では、さらなる体験が用意されている。熱狂的なファンやそうでない方もアバターとなってバーチャル世界に存在するシカゴ・ベアーズ(NFL)の試合に行ける可能性を与えてくれるのだ。そして、イタリアンビーフのバーチャルサンドイッチを買って、凍えることなくソルジャー・フィールドにいるような気分を味わうこともできる。

私たちは、スポーツを従来のテレビで消費する時代から、バーチャル上でつながっている生活の中に取り入れる時代へと移行プロセスの最中にいる。

それは、やがて訪れるはずの不可逆的な変化であり、コロナウイルスのパンデミックによって加速した。コロナの流行によるシーズンの短縮、試合の中止、大会形式の変更、無観客試合など、変貌を遂げつつあるスポーツ世界への影響だ。

マーケターやブランドマネージャー、企業経営者が直感的に戦略の見直しや適応を求められるようになったかつてない出来事だった。そして、以下の5つのトレンドは、この新しい消費者環境の一部として、前述の人々が再考する必要があるものである。

1. スマートスタジアムはユビキタス化を促進する

エンターテインメント商品としてのスポーツは、球場のスタンドや中継のカメラを通した高揚感を得るためのものだった。そこにはスポーツを楽しむための2つの選択肢が存在していた。一つは、スタジアムのスタンドで試合を楽しむファン層と、もう一つは、自宅のソファで中継を楽しむ受動的なファン層だ。

しかし、コロナの流行によってその仕組みは崩壊した。スタンドに人がいなくなったのだ。「要するに、スタジアムではなく大きな収録スタジオでプレーしているようなものだ」。これは、ワシントン・キャピタルズ(NHL)、ワシントン・ウィザーズ(NBA)、ワシントン・ミスティックス(WNBA)の過半数出資者であるIT系経営者のテッド・レオンシスの言葉である。

この現実は、スポーツ関係者にビジネスポートフォリオのあり方を転換させることを強いるもの。NHLやNBAの試合をスタジオからユビキタス視聴者のためだけに制作することは、消費者の熱意を刺激するのか、それとも逃げ出すのか、という問いを投げかけることにつながる。つまり仮想体験を構築し消費者であるファンに届けるかどうかだ。

この新しい仮想体験に飾りをつけてみよう。

小型のドローンにもカメラを搭載し、試合中の選手同士の会話や加速する際の息遣い、戦略を伝えるコーチの声など、あらゆる音を受信できるようにした。

その結果、新しい市場の現実が見えてきた。仮想空間でダグアウトに座ってコーチと話したり、記者会見で好きな選手に質問するためにファンを満足させるような新しい体験に高いお金を払うなど、今までに存在しなかったデジタル消費者にアピールする新しい手法の提案だ。

ただ、スタジアムで観客席から見るスポーツが、中継放送の視聴者をあきらめたわけではない。メジャーリーグベースボール(MLB)コミッショナーのロブ・マンフレッドにとって、「パンデミックは中継ビジネスそのものをさらけ出したといえるでしょう。手を打たないわけにはいきません。この流れは、パンデミック対策から受け継がれ、またはハイパーコネクティビティ時代の消費者の嗜好。今、バーチャルスタジアムを好むのは、ユビキタスなユーザーです。」

バーチャルスタジオからの放送が普及すると、スタンドにいる観客がスタジアムの一つの要素として認識されるようになる。

2. ベッティング要素

現在はスポーツベッティングが米国の20数州をはじめ、世界の多くの国で既に合法化されている。

昨今のコロナの動向により、クラブにスポンサーシップ費を支払っていた企業の予算にも影響を及ぼした。そのため、スポーツクラブやリーグ、各国連盟の新たな収入源となるよう、スポーツベッティングの合法化を目指したのだ。

DraftKings社(NASDAQ上場)やFanduel社(ニューヨークのゲーム会社)などのモバイルアプリは、消費者がファンタジースポーツをしたり、賭けをしたりできる大きなビジネスとなっている。

アプリによるデータ収集とAIの自動分析により、消費者は試合を見て、チームや選手の情報を瞬時に分析し、選手が次にどんなプレーをするか、チームが連続して何回パスを通すかといったことに賭けることができるようになるのだ。

3. 人工知能の役割

すべてのプロスポーツが急停止した2020年春、NBCスポーツは、ワシントン・ウィザーズの試合をシミュレートするビデオゲーム「NBA 2K20」を消費者に提供。NBCスポーツでは、まるで本物のスポーツ大会のように、ナレーション付きで放送した。

これらの試合シミュレーションは完全ではないが今では見なくなった。しかし人工知能(AI)は、アスリートにとって心配なほどエキサイティングで、実物そっくりの映像を作ることができることを証明したのだ。

ワシントン・ウィザーズのシュミレーション試合には、多くの観客は集まらないかもしれない。しかし、例えば、2010年のステフィン・カリー率いるゴールデンステート・ウォリアーズと1990年代のマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズとの対戦など、通常では再現不可能な試合のシミュレーションを求めるファンもいるかもしれない。

4.「eスポーツ」という収益性の高いグローバルなビジネス

2020年春に米国リーグが止まったことで、消費者はスポーツエンターテインメントをカバーする他の選択肢を探した。

多くの人がテレビゲームでその答えを見出した。eスポーツはパンデミック以前から急成長していた。市場の分析を行うリサーチ会社のNewzoo社のレポートでは、2020年に世界で5億人がeスポーツを視聴し、2019年から12%増加すると発表された。

また、PwCが毎年発表する最新の『Global Entertainment & Media Outlook』によると、このテクノロジーによる収益は、他のどのメディアおよびエンターテインメント分野よりも急速に伸びているという。

eスポーツの発展と市場指標は、スポーツベッティングの動向と一致する。どちらの環境もデジタル世界のもので、AIを搭載。ベッティングプラットフォームとAI技術は仮想スタジアム時代におけるユビキタスコンシューマーの重要な媒体となることが期待されているのだ。

5. Y/Z世代:ユビキタス消費のパワー源

ジェネレーションYは、デジタルネイティブと呼ばれるミレニアル世代。1982年から1994年に生まれた人たちであり、テクノロジーは彼らの日常生活の一部だ。彼らの活動はすべてスクリーンを媒介としているため、オンとオフが完全に一体化しているのだ。しかし、彼らは生まれながらにして持っているわけではなく、自分たちが生きてきたアナログの時代からデジタルの世界へと移行してきた。

Z世代やポストミレニアル世代は、12歳から27歳までの世代を指す。数十年後に主役になる世代だ。最年長は1995年、最年少は2010年生まれと、世紀の変わり目にこの世に生を受けたことから、センテニアルにも分類される彼らは、タブレットとスマートフォンを持っていることが普通となっている。

テレビはプロスポーツを今日のような巨大なビジネスへと発展させた。しかし、このモデルは弱体化し、テレビの消費者、特に若い人たちが少なくなっている。2020年9月のテレビ総視聴数は、コロナ流行時比9%減となった。

需要と供給の世界におけるストリーミングサービスは、スポーツコンテンツ市場の新しい姿。スポーツ事業体(フランチャイズ、リーグ、クラブ、連盟)にとっては、ストリーミング事業者を中心としたOTT(Over-The-Top、ビデオオンデマンドストリーミング)がベストパートナーになることだろう。

この消費方法を、すでに全世界で3億5000万人のユーザーが愛用しているビデオゲーム「フォートナイト」を例に見てみよう。このユビキタス層の約63%が18歳〜24歳であり、この年齢層をターゲットとしている。開発元のEpic Games(現在は中国企業Tencent Holdingsと提携)は、ゲーム界をオンラインライブのイベントスペースに発展させた。

現実世界のスポーツ界も如何にこのユビキタス層を取り囲めるかは最大のチャレンジであり、既に取り組んでいる分野でもある。これからも身近なところの変動の過程を肌で感じることになっていくだろう。