ゲームごとのゴール数?いやいやそれはアマチュアな数え方。選手の本当のすごさが分かるのは1ゴールに何分を要したかを見ないとわからない。プレミアリーグの一番恐ろしいストライカーは誰だろう?今回の記事ではプレミアリーグ得点率ランキング歴代トップ10人をまとめてみた。

一昨日の記者会見で引退を表明したセルヒオ・アグエロのプレミアリーグでの記録は振り返るべき!マンチェスター・シティーでプレーした10年間に186ゴールを決めたアグエロ選手は間違いなくプレミアリーグ史上のトップスコアラーの一人だ。では彼は得点率ランキングでは何位でしょう?

※下記のランキングでは変則を避けるため、30ゴール以上を決めている選手のみのランキングとなります。


1ゴールに要する時間トップ10〜分/ゴール〜

10位 アラン・シアラー – 147 分/ゴール (ゴール数260)

1988年から2006年の間、現役としてプレーしたシアラーは、プレミアリーグのサウサンプトン、ブラックバーン、ニューカッスル・ユナイテッドそしてイングランド代表としても活躍した。彼は今でもプレミアリーグの歴代最多得点王だ。

9位 ジエゴ・コスタ – 145 分/ゴール (ゴール数52)

3年間チェルシーで活躍していたコスタは 2014-15年シーズンと2016-17年のシーズンに20ゴールを決め、チェルシーのプレミアリーグ優勝に貢献した。

8位 エディン・ジェコ – 142 分/ゴール (ゴール数 50)

現在インテル・ミラノでプレーしているボスニア・ヘルツェゴビナ出身のジェコは、2011年から2016年にマンチェスター・シティでプレーしていた。出場試合数は130試合。最初の3シーズンの統計は素晴らしく、2011/12シーズンは107分/ゴール(14ゴール)、2012/13シーズンは130分/ゴール(14ゴール)そして2013/14シーズンは125分/ゴール(16ゴール)だった。

7位 ロビン・ファン・ペルシー – 140 分/ゴール (ゴール数144)

オランダ代表のファン・ペルシは2004年から2015年の間アーセナルでプレーし、その後ライバルのマンチェスターUでも活躍した。アーセナルで背番号10をつけていた彼はアーセナルの2011年チーム得点王に立ち、2年連続プレミアリーグのゴールデンブーツを獲得した。

6位 ルイス・スアレス – 139 分/ゴール (ゴール数69)

ルイス・スアレスは2011年から2013年までリヴァプールでプレーし、最後のシーズン(2013-14年)は38試合で31ゴールを決め、プレミアリーグのシーズン記録に並んだ。このシーズン、PKをもっと決めていれば40ゴール以上で新記録を樹立できたかもしれない。

5位 ハリー・ケイン – 128 分/ゴール (ゴール数167)

愛称 “The hurricane” (ザ・ハリケーン)でも知られてるケインは2011年からプレミアリーグで活躍している。ただ、今シーズンの成績は落ちてるため、5位に落ち着いているが、2013/14シーズンから毎シーズンゴールを量産している。シーズンごとの得点数は、21得点、25得点、29得点、30得点、17得点、18得点、23得点となっている。

4位 ルート・ファン・ニステルローイ – 128 分/ゴール (ゴール数95)

現在PSVのリザーブチームで監督を務めているルート・ファン・ニステルローイは現役として活躍した12年間で、PSVでは91試合で75ゴール、マンチェスター・ユナイテッドでは219試合で150ゴール、レアル・マドリードでは96試合で64ゴールを決めた。

3位 モハメド・サラー – 127 分/ゴール (ゴール数111)

リヴァプールの前にチェルシーでもプレーしてたサラーはリヴァプールで125分に1回の割合でプレミアリーグのゴールを決めており、移籍後4シーズンでは22得点、19得点、22得点、32得点を記録している。

2位 ティエリ・アンリ – 122 分/ゴール (ゴール数175)

2014年に引退したアンリは1999〜2007年にアーセナルにプレーしてた間、約2時間に1ゴールのペースで決めており、8年間それを継続した。さらに、1シーズンでの最多アシスト記録も持っている(2002-03年に20アシスト)。

1位 セルヒオ・アグエロ – 108 分/ゴール (ゴール数184)

堂々のナンバーワンは、プレミアリーグで275試合出場した選手だ。

2013-2014年にマンチェスター・シティーがプレミアリーグを優勝した年には、アグエロは90分に1ゴールのペースでゴールを決めた。さらに、ゴールとアシストを含めると67分おきにゴールを決めている。10年間マンチェスターシティーで活躍し、合計184ゴールを決めたアグエロは2日前に引退を発表した。

残念ながらバルサで活躍することができなかったが、シティのサポーターたちは、彼の名前を忘れることはないだろう。