人にはそれぞれ自分なりの生活リズムやスタイルがあります。のんびり屋さんは毎日ゆったり過ごしたいでしょうし、せっかちさんは何でもパパっと決めたいでしょう。あるいは、健康志向の方は食事や運動に気を使って生活しています。ですが、何らかの理由でこれらが乱れたり壊れると、体調を崩すだけでなく自分らしささえ失ってしまいます。それくらい生活のリズムやスタイルは重要です。
そこで今回は、皆さんがなかなか知ることのできない審判の生活スタイルについてお話します。
目次
サッカー審判員の実情
現在、日本の審判登録者数は26.8万人で、Jリーグを担当するのはそのうちの160人ほどです。そのうちの9割はプロではなく、それぞれ会社や学校に務めながら早朝や夜遅くに何とか時間を見つけてトレーニングをして、能力向上に尽力されています。
プロ審判はその点では恵まれているものの環境が十分ではないために、近所の公園や道路などでひとりでトレーニングをしていますし、水や用具も自分で用意します。それだけでなく、一番重要な試合形式の練習などは全くできませんし、専用のトレーナーやドクターもいないので体調管理は全て自己責任です。
サッカー審判員の基本的なスケジュール
次にスケジュールですが、Jリーグは12月中旬から2月中旬までがオフ&プレシーズン、2月末から12月上旬までがシーズンです。ここにリーグカップ戦と天皇杯、ACL(アジアチャンピオンズリーグ)や代表戦といった国際試合が入ってきます。
スケジュールで大変なのは、国際試合を含めた過密日程と6月から9月までの高温多湿期なのですが、この2つの期間のトレーニングとコンディショニングのやり方を間違えると、パフォーマンスが上がらないばかりかシーズン終盤まで悪い調子を引きずってしまいます。
ですので、プレシーズン以上にこの2つ期間の過ごし方は重要です。この大変な時期をやり過ごすと、優勝や昇降格が決まる1年で最も重要な時期に入ってきます。うまく心身の疲労を抜きながらコンディションとパフォーマンスをベストにもっていけるよう、生活リズムを整えたり生活スタイルを今一度見直します。
家本氏の現役時代のスケジュール
イメージを掴んでいただくために、一例ですが僕の現役時代のスケジュールを簡単に紹介させていただきます。
過酷な国際審判時代
国際審判だった頃は、1月末にマレーシアでAFC(アジアフットボール連盟)のセミナー兼体力&ルールテストがあったので、国内シーズンが終わってからもオフなしでずっとトレーニングを続けていました。理由は、これをパスしないとそのシーズンの国際ゲームも国内ゲームも担当できないからです。
AFCのセミナーが終わるとすぐにACLのプレーオフ、2月末からJリーグとACLが開幕して12月のリーグ最終戦や天皇杯まで休みなく続きます。
なかでも厳しかったのは、週末にJリーグを担当してその足でサウジアラビアへ移動。火曜もしくは水曜の日本時間26:45、気温39度、湿度3%の中ACLの試合を担当。翌日帰国してそのまま週末のJリーグを担当するというスケジュールが隔週で3回続いたことです。時差、気温差、移動距離、食文化や生活環境の違いなど、本当に大変でした。
国内試合前後の調整
国際審判を離れてからは国内だけに専念できたので随分と楽になりました。一例でいうと、試合会場によっては、金曜のトレーニング後現地に移動して宿泊します。試合当日は朝食を食べたあと軽く散歩をしたり身体をほぐしてから、試合開始2時間前に会場に入ってフィールドをチェックしたり仲間と打ち合わせをして試合に備えます。試合後は、担当した試合を関係機関に報告する義務があるので、帰宅してから報告書を作成します。
その後は、温めのお風呂にゆっくり入って気持ちを落ち着かせます。試合によってはなかなか眠れないこともあるので、そんなときは無理に寝ようとせずに体をゆっくりほぐしたり、本を読んだり、スローな音楽を聴いたり、アロマを焚いて瞑想をしたりと、とにかく試合のことやミスしたことに意識を向けずに、副交感神経を優位にして心身をリラックスさせるようにしていました。
翌朝はダラダラ寝ずにいつも通り起きて白湯を飲んでから、のんびり散歩して太陽光を浴びます。帰宅してシャワーを浴びたら、前日の試合のパフォーマンスを自分なりに振り返ります。その後昼食をとって、家族と楽しい時間を過ごしてから軽くジョギングかバイクでリカバリーします。
日々のトレーニングメニュー
月曜は基本的にオフ。火曜は中強度のラン(ペース走など)かバイクと筋トレ。水曜は高強度のトレーニング(インターバル走やサーキットトレ)。木曜はリカバリーと筋トレ。金曜は翌日の試合に備えてアジリティやコーディネーションを短時間行っていました。
これがベースですが、コンディションをもっと上げたいときは高強度のものを週2回にしたり、逆にコンディションが思わしくないときは中強度のものを週1か2にして、あとは散歩やバイクなど軽めのメニューで終わらせて鍼治療やマッサージを受けたりと、自分で自分の身体の状態を観察ながら基本形にこだわらず臨機応変にトレーニングメニューを調整していました。
フィジカルトレーニング以外では、実践形式のトレーニングができないので国内外の試合をたくさん見たり、ケーススタディを元にイメージトレーニングに励んだり、ビジョントレーニングを行っていました。
ビジョントレーニングは簡単に言うと『みる機能を高めるためのトレーニング』のことで、大きく3つあります。①眼球運動トレーニング(見たいものにすばやくピントをあわせる)、②視空間認知トレーニング(見たものの形や色、距離感を正しく認識する)、③眼と体のチームワークトレーニング(眼から入力された情報にあわせて体を動かす働きを改善する)です。
詳細はここでは割愛しますが、僕は自分で道具を作ったり、交通量の多い道路やロードバイクに乗りながらこれらのトレーニングを行っていました。
家本氏のコンディション調整論
そしてもうひとつ、僕はシーズン中のコンディションを常に80〜90%で保つように意識していました。もちろん10ヶ月間ずっと100%というのは理想ですが、それは難易度が相当高いので普段はとにかくコンディションを80%以下に落とさないよう、調子がいいからといって90%以上にあげないよう注意しながら、重要な試合やシーズン終盤に100%に仕上がるよう調整していました。
その甲斐あってか、長い間大きなケガや病気もなくパフォーマンスを安定させることができました。プロ最初の頃は、コンディション100%にこだわり過ぎてうまくいかなかった経験からここにたどり着きました。
最後に〜時間は有限であり、自分の命そのもの〜
いかがでしたか。生活スタイルは良くも悪くもその人をそのまま表しますし、時間の使い方や何を大切にするのかで大きく変わります。僕は現役時代、一日のスケジュールを「睡眠7、仕事5、家族3、自己成長3、ぼーっとする1、その他5」で組んでいました。
プロリーグを担当している以上結果が全てなので、ベストな結果を安定して出せるようにやる事とやらない事をはっきりさせていましたし、夫であり父である以上妻や子供たちと楽しく過ごす時間を大切にしていました。あるいは、人として成長し続けるためにいろんな本を読んだり、経営を学んだり、いろんなことに挑戦しました。
時間は有限であり、自分の命そのものです。時間を大切にするということは、自分と自分の未来を大切にするということです。ですので、時間を何に使うのか、どう使うのか、何のために使うのかを明確にすれば、なんとなくダラダラ過ごしたり、不要なことに時間を割くという『もったいない時間』の使い方はなくなります。
そうすることで生活にメリハリが出て活気が生まれますし、どういう生活スタイルが自分らしくいられるのかがわかれば、いつも笑顔でいられるようになります。輝いた日々を過ごすのも、生気のない日々を過ごすのも、全ては自分次第です。