フットボールは他のスポーツよりも比較的自由度と抽象度が高いスポーツです。なぜなら、ルールは17条と少ない(ラグビーは22条、野球は208条)ですし、手や足が相手にあたっても、ボールが手にあたっても、必ずしも反則になるわけではありません。このあたりがフットボールの面白さであり、難解さでもあります。
ではなぜ同じ行為でも、反則になるときとならないときがあるのでしょうか。そのヒントは競技規則にあります。条文を見てみましょう。
【競技規則 第5条】
主審の決定は、主審が競技規則および「サッカー競技の精神」に従ってその能力の最大を尽くして下し、適切な措置をとるために競技規則の枠組の範囲で与えられた裁量権を有する主審の見解に基づくものである。
【競技規則 第12条】
競技者が次の反則のいずれかを相手競技者に対して不用意に、無謀に、または、過剰な力で犯したと主審が判断した場合、直接フリーキックが与えられる 。
・不用意とは、競技者が相手に挑むとき注意や配慮が欠けていると判断される、または、 慎重さを欠いてプレーを行うことである。懲戒処置は必要ない。
・無謀とは、相手競技者が危険にさらされていることを無視して、または、結果的に危険となるプレーを行うことである。このようにプレーする競技者は、警告されなければならない。
・過剰な力とは、競技者が必要以上の力を用いて相手競技者の安全を危険にさらすことである。このようにプレーする競技者には退場が命じられなければならない。
ここで言っていることは要するに、反則になるかならないかは『主審』が、①起きた事実、②事象の程度、③その時の状況を、④競技の精神と ⑤競技規則に基づいて ⑥総合的に判断して決める、ということです。もっと言えば、同じ事象でも主審の解釈によって判定や対応は違ってくる、ということです。
もちろん審判も人間なので、一生懸命やっていても目の錯覚や誤認識、勘違いによって判断を誤ることはあります。あるいは、人が違えば価値観や好み、知識や考え方も様々なので、同じものを見ても意見が違う、視点が違う、ということもあります。
ですが、たとえそうであるとしても、冷静さを失って自分の意見に固執したり、他の可能性や解決策を考えないようでは、妥当な判定を導き出せないばかりか選手と試合をより良い方向へ導くことはできません。
では、どうすればフットボールの魅力を高め、多くの人の笑顔や喜びを生み出すことができるのでしょうか。いろいろな要素がありますが、その中のひとつに『臨機応変』があります。
臨機応変とは、その場の状況や出来事の状態に応じて適切な手段をとったり、対応を変えたりすることです。類義語としては、変幻自在、即応、気転が利くなどがあり、対義語としては、杓子定規、頑固、堅物などがあります。
サッカーにおける「臨機応変」と日常生活への活用
それでは、事例をもとに皆さんと一緒に『臨機応変』について考えてみたいと思います。
【シーン】 残り時間5分、1点差で負けているチームAの選手が相手ゴールに向かってドリブルをしていたところ、ペナルティエリア付近でチームBの選手に足を引っ掛けられました。
【事例①】 それをみたチームAの選手たちは「あ、反則だ!」と思って動きを止めてしまいました。しかし、主審はそれを反則とは判断しなかったのでプレーは続き、結果、チームBの選手にボールを奪われ失点してしまいました。
【事例②】 それをみた審判は「あ、反則だ!」と思ってすぐさま笛を吹きました。ところが、その選手は引っ掛けられて倒れた直後に素早く立ち上がって、目の前にあったボールを相手のゴールに蹴り込みました。選手もサポーターも同点に追いついたと思って大喜びしたのですが、ボールがゴールに入る前に主審は笛を吹いていたので、得点は認められませんでした。
この2つの事例は、それぞれ何が問題だったのでしょうか。
事例①は、反則かどうかは審判が決めるにも関わらず、あるいは、審判も人間なのでミスすることがあるにも関わらず、選手が勝手に反則と決めつけて、自分たちがやるべきこと=笛がなるまでプレーを続けることを怠ってしまったことにあります。
事例②は、主審が接触した局面だけに気を取られてしまって、選手の位置関係、スペースの有無、シュートの可能性等、周りの状況や他の可能性に意識を向けず、即座に試合を止めてしまったことにあります。
要するに、『臨機応変』に対応できなかったために、より良い結果を得ることができなかった、ということです。
もし、選手たちがセルフジャッジをせずに、笛がなるまでプレーしていれば得点を奪えたかもしれませんし、少なくとも直後に失点することはなかったでしょう。そして、もし、審判が全体像をしっかり認識できていれば、ほんの少し我慢できていれば、冷静さやゆとりを持っていれば、得点を認めることができたでしょう。
人は夢中になったり気持ちが高ぶってくると、つい目の前のことに集中してしまって、全体感や客観性を見失う傾向にあります。あるいは歪んだ正義感や過剰な自信を持ってしまうと、自分の考えこそ正しいと思い込んでしまい、別の視点や可能性を考えられなくなってしまいます。
これらは、変化が激しく、何が正しいのか、何が正解なのかはっきりしない今の世の中においては致命傷となってしまいますし、人間関係においてもプラスに働くことはありません。
では、どうすれば『臨機応変』な対応ができるようになるのか。一例ではありますが、次のようなことに気をつけるとよいと思います。
・鳥の目、虫の目、魚の目、相手の目で、周辺をよく観察する
・全体的な流れや状況、空間、人の位置関係や状態を把握しておく
・最善を望みながらも常に最悪を想定し、準備しておく
・自分は正しいよりも、どうすれば場が整うのか、納得感を得られるのかを大事にする
・自分を信じながらも、自分を疑うという相反する視点をもつ
・パニックを防ぐために、こうなったらこうするとミスした場合含め事前に対策を考えておく
・自分の心境の変化(緊張してきた、興奮してきた等)に気づき、それを無視せず受け止める
・不安や緊張が強いなら、息を深く大きく吐いて冷静になる
・脊髄反射しない、思考停止しない
・頑なにならず、仲間や周りの声も参考にする
・これがベストか、他に方法はないのかを問い続ける
こういったことを意識し続け、トライ・アンド・エラーを繰り返していく中で、『臨機応変』は自分のものになっていきます。「私には無理…」と諦めず、気軽に、気長に、臨機応変に、楽しみながら挑戦してみてくださいね。