ユーロ2020決勝戦に向けたイングランド代表の試合では、最も目を引く”プレー”がピッチ脇で繰り広げられた。その主人公は意外にも監督のガレス・サウスゲート。彼は常に立った状態で指揮をとり、選手を急かし、時にはコーチのスティーブ・ホランドと会話を交わしながら、試合を進めていたのである。
テレビの画面を通して、イングランド代表の監督が、重要な決断や各試合のプランニングにどのように取り組んでいるかがわかった。
リーダー役の共有と連帯責任のモデル
サウスゲートの取り組み方は、「チームワーク」というマネジメントの原型に基づいた、リーダーシップスタイルを示すものである。積極的な環境づくりと聞く姿勢に対応した経営的なアプローチ法だ。
サウスゲートは、サッカー界以外の世界の知識や経験と自身の選手としての経験をうまく組み合わせたマネジメントモデルを用いる。実際、一般的に監督になるには元選手であることが多いという調査結果もある。
サウスゲートは、マネジメントもひとつのチームスポーツとして捉えている。彼は唯一の権力の担い手というよりも、グループのメンバーとして意思決定を行なっているのだ。
そして、このようなサウスゲート流のマネジメントモデルが近年広がりを見せている。サッカー界のビッグネームは、スタジアムの内外を問わず、ブランドマネージャー、プロダクトマネージャー、管理職、アシスタントという別の組織とともに計画を立て、企業の世界と同様の動きをしているのである。
このような幹部スタッフがどんどん増えていくことで、リーダーを外部の批判や厳しい目から守ることができる。更に優れたリーダーは、スキルや視点を広げる方法として経営陣を活用する。実際、サウスゲート監督は、戦術、フィジカルパフォーマンス、栄養管理といった分野で、その知識を進歩させる方法として自身の幹部スタッフを活用してきた。
共有化されたリーダーシップを巧みに操るサウスゲート監督
また、サウスゲートは、「共有型」または「分散型」と呼ばれるリーダーシップを実践している。これは、チームを管理・指導する責任が一個人に集中しない場合のことをいう。その代わり、幹部スタッフの間でシェアされ、それが選手たちにも行き渡る。
チームワークの研究から、リーダーシップの共有化はスポーツ集団ではごく一般的な現象であることがわかる。また、スポーツ以外でも、リーダーシップや意思決定を共有するチームは、より良いパフォーマンスを発揮する傾向があるようだ。
大企業では、リーダーシップが一人の経営者に集中するのではなく、高い影響力を有する人々に分散されているケースも少なくはない。最近の研究では、生産プロセスの変革を推進するためには、共有化されたリーダーシップが不可欠であることが示されている。
「ベッカム化」から「サウスゲート流」へ
大企業では、リーダーシップが一人の経営者に集中するのではなく、高い影響力を有する人々に分散されているケースも少なくはない。最近の研究では、生産プロセスの変革を推進するためには、共有化されたリーダーシップが不可欠であることが示されている。
サウスゲートのリーダーシップに対する考え方は、サッカー界における大きな変化を反映している。イングランドのサッカー文化に関する最近の研究では、「ベッカム化」と呼ぶものからの脱却が指摘されている。これは、元イングランド代表キャプテンでマンチェスター・ユナイテッドのスター、デビッド・ベッカムが、サッカーの歴史上の象徴として人気が高く、誰もが認める存在だったことにちなんでいる(ただし、この文化がベッカムの創造によるものだという指摘はない)。
1990年代、この「ベッカム化」は、ビジネス界からサッカー界へのハイレベルな経営手法の輸入であったという。個人の才能を高く評価しながらブランディングし、惜しみなく報酬を与え、そして厳重にコントロールする。しかし、この評価や方法は、結果として危険な個人主義のカルチャーを生み出すことになる。
近年では、これに代わって「サウスゲート流」と呼ばれるリーダーシップのスタイルが注目されている。このスタイルについて、「控えめ、地に足がついている、多様で進歩的」などと研究者は定義付けている。
サウスゲートのリーダーシップスタイル(そしておそらく彼の将来の成功)は、今後も議論の対象となりそうだ。多くの著名なリーダーがそうであるように、彼もまた広く人々にその手法を真似られることだろう。それはサッカー界にとどまらずもっと大きな範疇、すなわち我々の社会でも注目を浴びるようになるかもしれない。